第一日目 8・22・2009
ハワイから帰ってきてから10日しか経っていないのに、また夫の仕事で今度は南半球、オーストラリアのメルボルンに来ました。ロサンジェルス空港を出発したのが8月20日(木)の夜11時半。メルボルン空港に下り立ったのが22日(土)の朝7時半。延々15時間半のフライトです。飛行機に乗っている間に金曜日が丸々過ぎたのでした。こんなに長い時間飛行機に乗ったのは初めてです。まるで拷問のように辛かったです。と言う割には、よく寝ましたが。
メルボルンは今回2度目です。最初に来たのは1984年。やはり夫の仕事で5週間滞在しました。当時2歳半の娘を連れて、冬の日本からやって来たのでした。メルボルンが25年前とどう変わったのかを確かめるのも今回の旅行の楽しみの一つでした。
25年前にはこんな高速道路があったかしらなどと思いながら、空港からタクシーで向かったメルボルンのダウンタウンは、超高層ビルが立ち並ぶ大都会に変貌していました。
44階のホテルの部屋からは25年前にはなかったサッカー場、クリケット場(MCG)、テニスのオーストラリアオープンの会場であるアレーナ(Rod Laver Arena)が見えました。この新しいスポーツ会場の向こうにはヤラ河とアレクサンドラ・ガーデンズ(Alexandra Gardens)、ロイヤル・ボタニック・ガーデンズ(Royal Botanic Gardens)の公園が広々と連なり、更にその向こうにはポート・フィリップ湾(Port Phillip Bay)が青く光っていました。上から見ると、メルボルンの街には沢山の公園があるのがよく分かります。

部屋で一休みすると、早お昼の時間です。体内時計はすっかり狂っているので、現地時間で行動することにして、ランチを食べにチャイナ・タウンまで歩いて行くことにしました。どこへ行っても私たちはすぐにチャイナタウンを目指してしまいます。

通りを歩いていて、日本のレストランの多さにびっくりしました。すしブームは今や世界的ですが、ここにはラーメン屋さんもあります。余程このラーメン屋さんに入ろうかとも思いましたが、通りに面したガラス窓に向かって、麺をうっているチャイニーズレストランを見つけたので入ることにしました。

ここの手打ち面は腰があって、とてもおいしかったです。餃子もとてもおいしかったのですが、麺も餃子も量が多く、食べきれないのが残念でした。
チャイナタウンを気の向くままに歩いてみました。中国人の移民はゴールドラッシュの1850年代に始まるそうで、長い歴史があります。ですからこのチャイナタウンも相当昔からあったはずです。けれども、25年前にチャイナタウンを歩いた記憶が全くありません。1984年の時は夫の仕事場の近く、ダウンタウンのほぼ中心にあったキッチン付きのアパートのようなホテルに滞在していました。メルボルンのダウンタウンはそれ程大きくないので、気づかないはずはないと思うのですが...
街角で面白い食べ物を見つけました。すしバーガーです。これはオーストラリア独自のものなのでしょうか。それとも日本からの輸入でしょうか。少なくともサンディエゴにはありませんし、昨年東京に行った時にも見かけた覚えはありません。

この日は天気も良く、さほど寒くなかったのは幸いでした。とはいえ、15時間半のフライトの後ではあまり活動的にもなれず、午後はホテルで過ごし、夕食はホテルの下にあるメルボルンでは最も古い和食のレストランの一つである乾山で夕食を取りました。
まことにに正統な日本のレストランでした。こういうレストランで食事をしていると、自分たちが今どこにいるのか分からなくなります。お店の内装も日本的で、お店の方々も日本人、出てくる料理も実に日本的です。でも、昔は鮭はお刺身にはしなかったものです。養殖で獲れるようになってからの事ですが、鮭のお刺身はやはり外国にいることを痛感させられました。
(続く)